After MBA | Vol.3 | 3期生 田中二三夫

大学院という名の「新しい日常」

札幌にいた。外はスキー場のような寒さで、凍結した道路はスパイクなしには歩けない。そんな中を毎朝、様々な会議に出席するために広告主のオフィスに通い、夜はすすき野で過ごす。 3~4日も繰り返していると、札幌の街並みや街で出会う人々たちにも親近感が生まれ始め、そんな毎日を心地よい刺激を伴った「新しい日常」として、楽しみ始めている自分に気付いた。

ディズニーランドなどのようなアミューズメントパークは、顧客に「非日常性」を提供していると、よく言われる。 非日常を提供するがゆえに、エンターティメントとして成立し、顧客は日常から離れるカタルシスを味わうことにvalueを見い出しているという訳である。 同様のことは、ゲーム、読書、舞台、映画、旅行にもいえるであろう。ヴァーチャルであれリアルであれ、日常とは別世界に身を置くことが、ある種の快感を一時的にわれわれに提供してくれる。 しかし、このようなエンターティメントが提供してくれる快楽は、良い思い出にはなっても、私たちの心の奥底を揺さぶることはあまりない。あくまでも一過性の快感、娯楽である。それに比べて「新しい日常」がもたらす快感は、継続的であり、私たちの内部にあるコアな部分に強く働きかけ、私たちにダイナミックな変化をもたらしてくれる。それは、何にもかえがたい刺激と快感、いや快楽と呼ぶにふさわしいものを提供してくれると、私は考えている。

そういった意味で、大学院での2年間は、私にとって、快楽に満ちた有意義な「新しい日常」だった。会う人、聞く話・交す会話、読む本、時間の使い方etc...すべてが、新しい変化であり、その変化が継続・反復され続けた毎日だった。 特に、学友となった異業種の人々との出会いは、極めて新鮮だった。長い間、広告業界にいると、デザイナー、カメラマンなどといった”やくざな人々”がすべての価値判断のスタンダートとなっていたことをあらためて痛感させられた。大袈裟ではなく、世の中には、本当に色んな人(真っ当な人)がいて、いろいろな考え方があることを皮膚感覚で体験できたことは、現在の私とって、非常に有意義な体験であった。 卒業した後も、親しくお付き合いさせていただいており、大学院時代の友人は、会う度に新鮮な刺激を提供してくれる。本当に貴重な、とても大切な私の財産である。

大学院を卒業後、私は外資系広告会社に入社し、現在も勤務している。アメリカ人、イギリス人、インド人などなど、多種多様な国籍を持つ人々の中で働く日々は、難しい問題も多々あるが、新鮮な刺激に満ちた「新しい日常」だ。 そして、この「新しい日常」は、大学院で過ごした2年間がなければ、決して実現しなかった生活のような気もする。 そんな現在の生活から、大学院での生活を振り返ってみると、その生活自体が「新しい日常」であったが、さらなる「新しい日常」への鍵を獲得できた場でもあったのであろう。

どのような新しい鍵を獲得するか、良い鍵であろうと、あまり良くない鍵であろうと、 そして、その鍵を使って、どのような「新しい日常」への扉を開くか。 いずれにしても、新しい世界に踏み込む刺激と快感を求める人にとって、大学院は、とても魅力的な”場”といえるのではないだろうか。

中央大学名誉教授。事業構想大学大学院客員教授、BBT大学院客員教授。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。田中洋教授オフィシャルサイト Marketing, Brand, Advertising