2004年4月14日 ニューヨーク便り(2) ”ニューヨークへの期待と現実”

※このNY日記はもともと田中ゼミの学部ゼミ生のために書かれたものです。

2003年度の最初の一年、私はコロンビア大学大学院ビジネススクールのマーケティンググループに所属して客員研究員として過ごした。私にとってアメリカ暮らしは20年前イリノイ州の田舎で過ごした留学生活以来だが、ニューヨーク暮らしにはとまどうことが多い。

ニューヨークというと危険な場所という連想を持つ人も少なくない。コロンビア大学が立地するモーニングハイツはハーレム地区のすぐ横にあるので、なおさら危険ではないかと心配してくださる方もいた。しかし現在のニューヨークは90年代初頭よりもはるかに安全な場所となっている。

1993年当時のニューヨーク市の犯罪(殺人、レイプ、盗難、暴行など)は約43万件であったが、2002年には14万6千件に激減している。およそ66%の減少ということになる。昔は落書きだらけで汚いことで有名だった地下鉄もキレイになり、使いやすくなった(前市長のジュリアーニ氏の貢献と言われている)。もっとも1億2700万人の日本全体と人口800万人のニューヨーク市の殺人件数がおおよそ2:1の割合らしいので、日本と比べれば依然危険な場所であることには変わりないが。

ニューヨークに住んでいるというと日本の友人から「ニューヨークの最新の流行を教えてください」と聞かれることも少なくない。しかし私に言わせれば東京のほうがよほどトレンドに敏感である。六本木ヒルズのような場所は欧米のどこにもない。

私のようにボケーとニューヨークの街を歩いていてはニューヨーカーがフツーの服しか着ていないことを確認するだけで最新トレンドなるものにぶつかることは決してできない。ニューヨークの流行を知りたければ日本の雑誌を読むのがもっとも手っ取り早い。最近ようやくニューヨーカーの間でプラダやグッチ、ルイヴィトンなどの高級ブランドが浸透してきた感があるが、ある人にいわせればそれは人気テレビドラマ「Sex and the City」(HBOチャネル)の影響であるということだ。つまり流行にうとい大多数のニューヨーカーたちはテレビでそれをせっせと学んでいるのである。よく日本人はブランド(あるいは流行)に弱く、アメリカ人は自分の個性にあったものを選ぶ、という言い方を耳にするが私には疑わしい。アメリカ人は単に流行を知る機会に恵まれてないだけであるからだ。

よく日本は歴史のある古い国でアメリカは新しい国であるという言い方がなされる。しかし実際は逆である。前回も書いたように、大学の古さでも法政は120年だが、コロンビアは250年である。日本はどこを見ても「新品」の国であり、アメリカは逆に良い意味でも悪い意味でも古いものがいつまでも使われている。昨年夏のニューヨーク大停電は100年前の電力システムを使っていたためといわれている。先ごろ日本では自動回転ドアによる不幸な事故があったが、アメリカには古くてぼろいエレベーターがあちこちにあり危険極まりない。昨年日本人の若い医師がエレベーターに首をはさまれて命を落とすという悲惨な事故があった。だからアメリカに来て閉まりそうになるエレベーターに決して手を入れて止めてはならない。

家を借りるためにアパートを見せてもらうとこれは「プリウォー」の住宅だという。プリウォーとは戦前に立てられた住宅のことで、それも大恐慌の1929年というような年代のものがざらにある。ジョンレノンが住んでいたダコタアパートは120年前(1884年)の建物だが、古い建物ほど高級で価値がある。新築の豪邸は「マックマンション」(ファストフードみたいな建物)と呼ばれてバカにされている。

ニューヨークは20世紀初頭からの摩天楼が並び立つ「古都」である(実際に一時首都であったことが歴史的にある)。もちろんそこには世界のどこにもないような新しい情報があるし、さまざまな国から雑多な人々が集まる場所であることも間違いない。ようするにニューヨークはいつでも我々の期待を裏切るようにできている街なのである。

中央大学名誉教授。事業構想大学大学院客員教授、BBT大学院客員教授。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。田中洋教授オフィシャルサイト Marketing, Brand, Advertising