アドバイス

修論アドバイス

2002年12月9日
修論(プロポーザル提出)に向けた個人的アドバイス

毎年1月に修論プロポーザルを提出することになっています。この場ではひとりあたり短い時間(5分くらい?)で皆さんから提出されたプロポーザルが口頭発表され、それをもとにしてアドバイスが行われ、その後で、教員の協議により修論担当教員が決定します(後日連絡)。私(田中)は来年度在外研究で不在のため、多少ともその責めに報いるべく、以下のようなアドバイスをします。ただしこれは「公式的な」ものではなく、あくまでも田中の個人的アドバイスと受け止めてください。ですからこの文章の責任は田中個人にあります。

修論にどうやって手をつけるか

  1. まずこれまでに出された修論集を参照して修論とはどのようなものか、感じを掴んでください。これは絶対必要! またそのなかに自分が研究したいテーマの関連が見付かればしめたものです。
  2. 以下のURLで修論の書き方について私や先輩のアドバイスがありますので見ておいてください。
  3. 大学院生へのアドバイス(田中教授)| Hosei Marketing Club Offcial Site
    修士論文アドバイス(修了生篇)

  4. 自分が何をしたいかを明らかにすることは最初に考えなくてはいけないことです。しかし人間、「自分が何をわかりたいのか?」ほど難しい問題はありません。また同時にその問は自分ができることはなにか、ということと強く関連しています。これができるかどうかも、修論に含まれる「人間修行」のひとつです。「人は自分の解決できる問題のみを提起する」と言ったのはカール・マルクスでしたか?
  5. 1月に発表するプロポーザルの形式:
    • A4一頁に次の項目をまとめる:
      1. 修論のタイトル(案)~簡潔に、中身がわかるよう。
      2. 研究の目的と背景~明らかにしたい課題、なぜそれを明らかにする必要があるのか、現実的な必要性、または研究史のうえでの位置づけ、
      3. 方法~どのような方法で明らかにしたいのか。実験、深層面接、調査票によるサーベイ、文献調査、企業ヒアリング、観察、既存データ分析(例:POSデータ)、内容分析、など研究方法は多様にあります。
      4. その他(現在自分がもっている課題・懸案など)。
      5. 文献表(できるだけ関連した文献をいまのうちに収集しておくことが望ましい。その分野でどのような研究が過去になされてきたかを知っておくことは絶対的に必要です)当然氏名・番号なども。それを参加人数分コピーしておいてください。なお、マーケティングコースでは指導教員の希望などは書かないでください。皆さんの研究主題の希望をよく聞いて、教員から担当者を決めることになっています。経験的にはその方が学生と教員双方にとって都合が良いことが多いのです。
        それではどのように担当教員が決まるのか?という疑問があるかもしれません。原則的には、教員の専門領域で決まります。例えば、産業組織関係では柳沼先生、流通 ・サービス・資本財取引関係でしたら矢作先生、物流・観光・交通ですと今橋先生、マーケティングサイエンス畑ですと小川先生といった具合です。しかしこれは絶対的なものではありません。ひとりの教員に多く集中することは望ましくないし、学生が研究したい主題についてむしろこういう方向があるのではないか、と指導のうえで変更することが大いに有り得るからです。実際、私の経験でも当初のプロポーザルがそのまま修論に結実することはむしろ希です。
    • 往々にしてよくある、あまり望ましくないプロポーザルとは:
      1. 企業内ですべきこと、自分の仕事の課題を直接修論で取り扱うこと。(例えば、X社における営業戦略の改善、など) これは会社ですればよいことで、大学院で行うべき研究とはみなされません。しかし仕事で発見した問題意識を持ち込むことそれ自身は良いことですので、それはむしろ歓迎されます。大学院修論で取り扱う研究主題とは、一企業だけに通 用する内容ではなくて、できるだけ一般的に拡張できるような内容を含んでいることが望ましいのです。
      2. おおまかすぎる課題、修論で取り扱うべきではないような大きな問題~例えば「どのようにしたら買われるブランドが作れるのか」などはおおまかすぎますし、修論で取り扱えるような主題ではありません。「なぜ人は買物をするのか」もグラウンドセオリーに近い主題で修論には向いていません。
      3. 方法として安易に「アンケート調査をします」みたいなことで済ませようとする態度。アンケート調査を学生に配布して一丁終り、で解決できる主題はさほど多くありません。自分に向いた主題とそのために必要な研究方法を探索することが必要です。調査票を用いたサーベイは重要な研究手段ではありますが、これだけが研究ではありません。歴史的なアプローチであればオリジナルな文献を狩猟することも研究です。
        どのような修論が望ましいのか: 大きな問題意識から出発して、問題をブレークダウンしてください。 修論では、とても細かい主題について深く研究する、というのが趣旨です。このことを理解することが非常に大事です。 さらに、自分の能力、資力、時間、コスト、手間などを考えあわせなければなりません。
    • 私の修論ゼミの第一期生で松本さん(ユニセフ)が言った名言があります。それは「自分がわかりたいことから、自分ができることが何かわかることへの転換が重要だ」ということです。
    • 以下の事例は今年度修論に取り組んでいるIさんの事例です。多少私の脚色が入っています。
    • *Iさんは老舗の百貨店に勤めています。彼は当初、カスタマーエクィティについて研究しようと思っていました。顧客の生涯価値を計算するというような問題意識ですが、この主題で修論をまとめようとするためには、(私の考えでは)モデリングなどの知識が必要です。Iさんはそういう訓練をこれまで受けていませんでした。そこで彼と良く話しているうちに、Journal of Consumer Researchの最近号で「世代間消費」ということが研究されていることに気づきました。まさにこれは老舗デパートに向いた主題だとおもい、彼にその方向で考えてはどうか、と薦めました。Iさんはこの論文にあったような深層面 接を実施するだけでなく、調査票を用いた定量調査を実施しました。さらにそれを様々な多変量 解析を用いて分析しました。これはもともとの研究論文から出発して自分のできる範囲でさらに研究領域を拡張したものです。彼は現在最終フィニッシュに向けて論文をまとめています。日本では例のないフロンティア的な研究になるのではないでしょうか。
      良く聞かれることで、調査には何サンプルくらい取ればいいのでしょうか?という質問があります。仮に日本全国の国民から代表的なサンプルを取るとすれば、1,000サンプルくらいが必要で、そのためには膨大な費用がかかります。それは求められていません。分析のときにセルに分けたとき、最低1セルあたり20サンプルくらいがあれば一般 的には良いでしょう。ただし1セル5サンプルでダメということはありません。実験的な手法の場合、5サンプルでも統計的に有意な結果 が出れば、それは20サンプルよりも強力なデータであるからです。
    • 最後にひとつ注意を申し上げます。それはPlagiarismです。日本語では「剽窃」です。つまり人の著作を引用なしに使うことは重大な犯罪になる、ということです。日本のアカデミアで昔はさほど厳密にそれが守られてこなかった傾向があります。しかし現在でそれは重大な問題とみなされ、万が一発覚した場合は深刻な結果 を招いてしまいます。他の人の著作を参照し、使うことは研究上必要ですし、必ずしなければならないことです。しかしそれを引用という形を取らずに、自分の著作のごとく扱うことは絶対にしてはいけないのです。引用の作法については他の書物を参照してください。

    私のアドバイスは以上です。これまで法政大学ビジネススクール・マーケティングコースの修論は高いレベルを誇ってきました。今年度も書かれた修論について複数の方が学会賞を取るという栄誉がありました。私の信念は、アカデミックな論文ほど実務に役立つ、というものです。(逆に言えば「実務に役立ちそうな論文ほど実務には役立たない!」)これは私自身の体験に基づいています。ぜひすばらしい論文を書かれることを期待しています。

中央大学名誉教授。事業構想大学大学院客員教授、BBT大学院客員教授。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。田中洋教授オフィシャルサイト Marketing, Brand, Advertising