2003年10月28日火曜日 A day in the life of Hiroshi Tanaka in New York

※このNY日記はもともと田中ゼミの学部ゼミ生のために書かれたものです。

ひさしく日記を書いていませんでした。こちらに来て半年以上が経ち、次第にこちらの生活に慣れ、あまり新しい発見がなくなってくるのを感じます。それでも毎日新しいことを発見することがない日はない、というのがこちらでの生活ではあります。こちらで毎日どういう生活を送っているのか?まあどうでもいいことかもしれませんが、昨日2003年10月27日月曜日のことを例にとって書いてみます。

野球と夏時間の終わり

その前週の土曜日、ヤンキース対マリーンズのワールドシリーズ第6試合があり残念ながらヤンキースは負けてしまいました。せっかく4番を任せられた松井でしたが、最後の2試合はほとんど活躍することができませんでした。多くのニューヨーカーがヤンキースの優勝を期待していただけに残念なことでしたが、また来年に期待したいと思います。日本でも同じ時期星野阪神が第7戦で負けてしまったのも残念でしたが。

ところで10月26日日曜日の午前2時、ってどんな時間かわかるでしょうか?夏時間(daylight saving time)が終わり、通常の時間に戻る時間です。この真夜中の2時になると、時間を一時間戻します。ですから2時が1時になるわけです。秋に夏時間から通常時間に戻るのはこのように楽です。なぜなら朝7時に起きる人は、それまでの7時に起きるとそれは6時になりもう一時間寝ていられることになるからです。逆にこれが夏時間になる4月第一日曜は大変です。朝7時に起きたつもりが実は8時だったりするわけですから。もし時間を調整していなければ、会社や学校を一時間遅刻してしまうことになります。しかしアメリカ人は慣れているのか、あまり時間の切り替わりでなにか失敗をしたというエピソードを聞きません。新聞には一応、一面に時間が切り替わるというお知らせが出ています。

夏時間が終わると、今週の終わり10月31日はハロウィンです。ハロウィンについては後で書くと思いますので、今は詳しく書きませんが、もともとは北方ヨーロッパで夏から冬への切り替わりの時期に発生したケルト人の祭りだったようです。古代の人たちにとって冬は恐ろしい季節でした。食べ物もなく寒く長い冬は古代人にとって”死”の季節です。10月末で生と死とが切り替わる時期と考えられたことがハロウィンでお化けが出てくる理由なのです。ちょうど紅葉が真っ盛りですが、冬がそろそろ近づいているのを感じます。

大学に出かける

10月27日の日はひさしぶりに朝から雨でした。その前日日曜日はずいぶん暖かかったのです。前日に夜遅くまで翻訳の仕事をしていたため、朝は10時すぎに起きました。いま、『ブランドの失敗』という本を二人で翻訳しているところです。いつになったら終わるのかわかりませんが、しばらく仕事をさぼっていたため、前にもう一人の人に訳してもらった部分のチェックを済ませ、自分の担当する分の翻訳を仕上げました。

月曜日はコロンビア大学でMBAの授業の消費者行動論を聴講するためにお昼から出かけました。自宅から駅までは徒歩15分。少し肥満気味の私には車を使わず歩くことは良い運動です。(皆さん、私はやせているのでは、と思ってくれているかもしれませんが、こちらに来てから体重が増加気味でいま171ポンドくらいあります・・・ポンドに0.453をかけるとキロです。体重÷身長÷身長、というBMIと呼ばれる計算方法があるのですが、私はそれによると数値が24.9で25という肥満ラインのぎりぎりなのです!)
ハリソンの駅から列車に乗って40分でグランドセントラル駅、そこから地下鉄を乗り継いで116丁目の駅で降りるとコロンビア大学です。

NYハリソンの自宅写真
NYハリソンの自宅写真
コロンビア大学キャンパス風景
コロンビア大学キャンパス風景

月曜日は私のホスト教授である モリス・ホルブルック教授の消費者行動論の授業があります。別段私が出席しなければいけない義務はないのですが、生活にリズムを生み出すため、MBAの授業がどのように行われているかを見るため、また英語の聞き取りに慣れるため(家にいると英語を使わずに一日が過ぎる!)、さらに知識の反復になるため、などの理屈をつけてできるだけ出席しています。

授業は午後3時15分から一時間半続きます。この授業は一時間半の授業を月曜日と水曜日に二回行います。MBAの授業なので出席者は主にビジネススクールの学生ですが、中にはコロンビアのほかの大学院から来ている学生さんもいます。ひとり日本人の女性がいて、彼女はビジネススクールではなくて公共大学院の学生です。授業ではホルブルック先生があらかじめ学生のバックグラウンドを学生から聞いていて、例えば映画会社にいた学生に映画の話題を振る、というようなことがあります。

MBAの授業

授業に際しては、講義のはじまる9月にあらかじめつぎの3つの資料が配布されました。1)授業の計画書(毎時間取り扱うテーマと課題、関係資料、注意などが書かれている)、2)ハンドアウト(これは授業で教授が使うOHPがあらかじめ印刷されている)、3)参照資料(ほとんどが研究論文でホルブルック教授がこれまでに発表した論文が多い)。2)と3)とはかなり分厚いものです。このほかに、4)図書館に預けられているリザーブという学生が共同で使う資料・ビデオなど、5)教科書、があります。

教科書はソロモンの消費者行動のテキストが指定されています。もっとも教科書といっても、ビジネススクールでは教科書を丁寧に教えるということはあまりなく、教科書はいわば「参考書」で事前・事後に学生が授業の内容を確認がてら使うことが多いようです。ということは、教員は教科書で取り扱われている以上の知識や蓄積がないとやっていけない(=先生がよほど努力しないとやってられない!)ということも意味しています。

確かにホルブルック先生はもう25年以上コロンビアにいらっしゃる大ベテランの先生なので、授業など楽なものではないか、と思っていたのですが、実際かなり授業は重荷らしいのです。私がNYのソニーの方から頼まれて社内講演会でホルブルック先生に講演者になっていただくよう頼んだところ、「秋と春は授業が大変だから、来年の夏以降にしてくれないか?」といわれてちょっとびっくりしたことがありました。前にも書いたと思いますが、こちらの先生は学生からの評価が図書館などで公表されていて、教員の手抜き授業はすぐにわかる仕組みになっています。

授業ではOHPを先生が示しながら、そのなかに出てくる主な概念・理論などについて、学生に質問しながら進められます。その授業のスピードはまったくめまぐるしいものがあります。ホルブルック先生の話はかなり早いのですが、彼はもともと中西部(ウィスコンシン州・ミルウォーキー)の出身のせいか私には割りと聞き取りやすい英語で、逆に私にわかりにくいのは学生の英語です。

この日の講義は「理性的行動」を扱っていました。授業の冒頭でスポットライトを当てられていたのはオショネシー名誉教授の人間行動学Praxeologyの原理です。オショネシー教授は長くコロンビアのビジネススクールでマーケティング論教授を務めていたのですが、在職中はさほど目立つといえるような存在ではありませんでした。何冊かの本を著したものの、あまり研究ジャーナルに研究論文を発表しなかったことが、コロンビアの同僚たちからも高く評価されなかった原因でしょう。私は以前からオショネシー教授の本(『なぜ人は買うのか』未邦訳)に関心があり、一度ホルブルック先生との間で話題にしたことがあります。彼のオショネシー教授への個人的評価は大変高いものでした。「彼は本当の学者だ」「簡単にわかるようなものではないが、奥の深い哲学的研究だ(formidable but esoteric philosophical literature)」と授業中でもオショネシー教授のことをそのように話し「ヒロ(私の呼び名)がニヤニヤして聞いているが彼とはこの間オショネシーについて話したんだ」と学生にいっていました。

ホルブルックはオショネシーの唱えた「なぜひとは買うのか」に関する彼の考え方を簡単にふたつのテーゼに要約しています。ひとつは人間の購買動機というものは、何々が欲しい、というウォンツと、それをすることがこのような結果を生む、という信念(belief)のふたつの結合からできているということです。例えば、雨に濡れないで歩きたい、というウォンツと、傘を差せば雨に濡れないで済む、という信念とが結合して、私は傘が欲しい、という動機を構成する。

もうひとつのテーゼは、活動(Action)は意図が伴う、ということです。行動には必ずしも意図を伴いませんが、活動は意図を伴った活動です。ですからこうした考察を基にしますと、購買という現象を解明するためには、購買動機と意図というものを見る必要がある、ということになるでしょう。・・・なんだ当たり前じゃないか・・・とおっしゃる方もいるかもしれませんが。

ホルブルック先生の授業の最後で30分くらい時間を取って、学生のプレゼンがありました。これは授業の課題の一部として行われるもので、講義ででてきた概念を使って自分に関心のあるビジネス領域を取り上げてそれを分析するというものです。ひとりの学生は映画でのプレースメント広告について取り上げていました。007のなかでボンドカーとしてBMWがでてくるのですが、これはBMWがスポンサーになっているプレースメントアドの例です。ビジネス経験のある学生ばかりなので、プレゼンもなかなか決まっています。

帰りの出来事

授業が16:45に終わると、私はさっさと帰宅することにしました。雨も降っているし昨晩寝不足だったこともあります。帰りの地下鉄のなかでちょっとした出来事に遭遇しました。タイムズスクェア駅からグランドセントラル駅までは距離的には5分もかからない、シャトルという短い線の地下鉄が走っています。私が座ったシャトルの車両の向かい側に黒人のひげのお父さんがギターを持って座り、そのまわりにまだ5~10歳ではないかと思われる子供たちが5人くらい座っているのです。地下鉄の中で芸を披露してお金を稼ぐのは珍しいことではないにせよ、子供たちがこんなに狩り出されているのはちょっと珍しいのです。こんなところでやってほしくないな~と思っていたのですが、お父さんが「私は数週間前に失業して、家族を養わなければいけないし、家賃も払わなくてはならない。私たちの歌を聴いて施しをしてください。God bless you!!」と言うなり、ビートルズのNowheremanを歌いだしました。子供たちも合唱しています。それは子供たちの訓練が行き届いているらしくなかなか聞かせるハーモニーでした。私はかわいそうとかは考えずに、財布を取り出して余っている小銭を掴み出し回ってきた子供に施しをしました。そうすることが良いことか良くないことかは考える暇もなくです。NYではこのような場面に出くわすことが珍しいことではありません。

雨の地下鉄ではさまざまな人種と生活が入り混じったニューヨークの香りがいっそう強く感じられます。

2003/10/22 dancemusicDJで世界的に有名な富家哲さんとマンハッタン・スシヤスダで
dancemusicDJで世界的に有名な富家哲さんとマンハッタン・スシヤスダで

2004年3月11日 ニューヨーク便り(1)

田中洋 中央大学ビジネススクール教授のオフィシャルサイト Marketing, Brand, Advertising